プロフィール: 中根 英昭(ニックネーム:へん粒、インスタコード ヒデ)

【幼児期;元祖草食系のルーツ】 三重県亀山市に生まれました。8か月、1720gの体重で母親の胎内から出てしまったせっかちな私ですので、両親に心配をかけ、お医者さんのお世話になりっぱなしでした。近所の子供たち(たまたま、多くは女の子)やお母さん達、見守ってくれる母親に囲まれて、誰に会ってもニコニコして目が細くなってしまう子供でした。「元祖草食系」はこんな幼児体験にルーツがあったと振り返っています。

【自然を楽しみ怖さを知った少年期】 亀山市を流れる鈴鹿川で河童のような幼児期を送りました。子供だけで毎日のように川遊びをしたものです。しかし、洪水の度に浸水する牧場洪水で線路ごと列車が流され命を落とした国鉄職員のことなど、自然の怖さも良く話題になっていました。小学校2年生の時、伊勢湾台風の強風と雨漏り、台風の目の中の静寂を経験しました。自然の楽しさと自然の怖さを知ったことは、今も私の行動に大きな影響を与えています。小学校3、4年生は和歌山県田辺市。夕方になると毎日のように釣りをしながら、暇を見つけて「日本史のひかり」や「世界史のひかり」を読むのが楽しみでした。小学校3-4年生の時に合唱部。4年生の時、第2室戸台風の直撃を経験。海岸の堤防が決壊して、同級生が被災しました。瓦礫になった堤防は衝撃的でした。5年生は三重県一志郡嬉野町でカブトムシと戯れながら、分厚い「理科辞典」を読むのが楽しみでした。6年生の時は松坂市で牛肉を堪能。丸刈りが嫌で中学受験を決め、従兄からもらった電話帳のような問題集の算数の問題を解くのを楽しみました。

【青年時代】 中学1年~2年1学期には三重大学学芸学部付属中学(津市上浜町)で個性的な先生、友人や卓球と出会いました。中学2年生2学期から大阪市立平野中学校に転校して、丸刈りになってしまったのですが、級友が親切に迎えてくれました。大阪府立天王寺高校に進学し、卓球漬け+勉強の日々でした。中学や高校の同級生、同期の友人たちは今も宝物です。大阪大学化学科1年生の時に混声合唱団に入部して12月の発表会まで約8か月活動しましたが、高音が出せなくて挫折。1年生3月の大病以降は研究室配属まで、リハビリしながら化学実験と単位取得をこなす日々でした。大学院修士課程になんとか進学、博士課程で東京大学大学院に「転校」(実態は転研究室)して(理学博士)、理化学研究所を経て国立環境研究所に入所しました。

【研究者・研究管理者として】 約30年間の国立環境研究所でライダー(Lidar)や地球環境の研究、プロジェクト立上げ、国際共同研究や環境省での勤務などを経験させて頂きました。2012年4月から2019年3月まで高知工科大学教授として、環境プログラム、環境数理専攻の立ち上げとコーディネーション、教育審議会委員を経験させて頂きました。最後の2年間は深層学習の研究・教育に没頭しました。2019年4月~2024年3月まで、ERCA環境研究総合研究費プログラムオフィサー(PO)として、勉強の日々を送りました。この間、心臓弁膜症(僧帽弁不全)手術や足首の腓骨骨折の後のリハビリを経験して、最近のストレッチや体操のすごい効果を実感しました。

【楽しみ・共有し・学ぶ人生】 2024年4月以降は・・・、模索の日々です。「辺境(フロンティア)」を楽しみ共有するウェルビーイングの「プロ」でありたいと思っています。

大学院進学以降の経歴、研究歴の詳細はresearchmap(こちら)。noteのコミュニティに問いかけるまとまった記事は「よろず環・境・研」に掲載:こちら。現在、高知工科大学名誉教授、国立環境研究所名誉研究員。東京都武蔵野市在住。

年代別卓球選手としてのプロフィール

卓球歴と主な戦績:大阪府立天王寺高校卓球部、国立環境研究所卓球部、学園クラブ(つくば市)、平沼クラブ(武蔵野市)、ヨシダスポーツ友の会(高知県)。現在、平沼クラブ(武蔵野市)所属。2018年度全日本卓球選手権マスターズの部男子ハイシックスティ決勝トーナメント進出(ベスト32相当;高知県代表)、2023年度全日本卓球選手権マスターズの部東京都予選男子ローセブンティ代表決定戦進出(敗退)。武蔵野オープン男子セブンティ2022年度ベスト42023年度、2024年度ベスト8